圏央所沢病院での「脳血管内治療」について
さまざまな要因により、脳の血管に障害が起こり発症するのが脳卒中です。埼玉県の救急隊は、脳卒中の疑いがある患者さんを「脳卒中ネットワーク」というデジタル連絡網を介して適切な病院へ搬送します。
圏央所沢病院の脳卒中センターは、常時、脳卒中の患者を受け入れているだけではなく、血栓回収療法(本文で解説)が可能な「一次脳卒中センターコア」として、2022年に日本脳卒中学会から認定されました。
これまで、頭にメスを入れる手術が数多く行われてきましたが、近年は脳の血管の内側から治療する方法も取り入れられています。その「脳血管内治療」について、同院の脳卒中センター長の石原秀章先生に解説していただきました。
頭を切開しない治療法
脳血管内治療では「カテーテル」と呼ばれる医療用の細い管を、手や足の血管から頭頸部に入れて治療します。数ミリの血管に医療器材が入った状態で患者さんの体が動くと、血管を損傷するリスクがあるので、繊細な処置には全身麻酔を用います。また、細い血管内に器具が入るので、感染症や血栓症などにも細心の注意を払い、術前・術後の処置や、経過観察も重要です。
そのため脳血管内治療は、脳神経外科医のほか、専門知識を持った技師や看護師などを含めたチームで取り組みます。当院の専門チームは2009年に発足し、それ以降、学会にも積極的に参加して研鑽を積んでいます。
1.tーPA療法・血栓回収療法
脳内の太めの血管が詰まってしまう「脳主幹動脈閉塞(のうしゅかんどうみゃくへいそく)」が起こると、意識障害や麻痺の症状が現れ、一刻も早く再開通させないと脳梗塞になり、脳出血も合併するおそれがあります。
発症から4時間半以内であれば「アルテプラーゼ(血栓溶解薬)」を使用することができ、詰まった血管が短時間のうちに再開通する可能性があります。この治療法が「tーPA療法」ですが、再開通率は4割以下で、全ての患者さんが受けられる療法ではありません。
さらに、発症から24時間以内であれば「血栓回収療法」が適応です。吸引カテーテルや血栓を絡めとるやわらかいステントを使って治療します。画像に写っていない血管にマイクロカテーテルを誘導してステントで血栓をこすり取る場合は、血管損傷のリスクがあるので、細心の注意を払います。 また、不整脈(心房細動)がある方は血栓が形成されやすく、それが原因で脳卒中になった方は、抗血栓薬を内服しても心不全や脳塞栓症のリスクがあります。アブレーション(不整脈を起こす原因となっている異常な電気興奮の発生箇所を焼き切る治療法)や、血栓のできやすい左心房の中にある「左心耳」の閉鎖が有効なので、心臓に詳しい専門医に相談することをおすすめします。
2.血管形成術・ステント留置術
血管の内側が狭くなってしまう「血管狭窄症(けっかんきょうさくしょう)」は、症状があれば狭窄率50%以上、無症候であれば狭窄率80%以上で外科治療が推奨されます。また、脳内の血管で「不安定プラーク(破綻しやすい動脈硬化巣)」による塞栓が頻発する場合は手術を提案しています。その塞栓の予防には「フィルターや血流遮断による吸引法」を用いています。
不安定プラークは、ステント治療時にプラークがはがれ飛んだり、ステント内に血栓ができたりしやすいので「血栓内膜剥離術」が第一選択肢となります。しかし現在は、プラークを抑え込む「マイクロメッシュステント」が保険内治療として認可されているので、「ステント治療」を行うケースも増えています。
頭蓋内血管や椎骨動脈起始部の治療には「バルーンを用いた形成術」を試み、拡張が不十分の場合はステントを使用します。頭蓋内の主幹動脈で、狭窄部から枝が出ていない狭窄病変に適しています。血管を移植する「バイパス術」とは異なり、順行性の血流を増やせるという長所があります。
3.脳動脈瘤塞栓術
「脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)」は、脳内の動脈の壁がふくらんでできた瘤(こぶ)です。それが破裂した状態を「くも膜下出血」といい、死に至ることも少なくない、治りにくい病気です。治療法としてまず挙げられるのは、プラチナ製の柔らかいコイルを用いて、血栓により固めてしまう「コイル塞栓術」です。瘤の頸部が広めの場合は、コイルが親血管に逸脱しないようにバルーンやステントを併用します。
細い血管での煩雑な手術は、2〜15%の確率で血栓症を合併するので、手術の1〜2週間前から抗血栓薬2剤を内服し、血小板凝集能検査を行うのが一般的です。また、破裂例の場合、術前の予防投与が行えないので血栓症のリスクが高くなります。そのため、出血源の処置が完了したら、抗血栓薬を追加することになります。そういった理由で、原則的にステントの併用はしません。
さらに「フローダイバーター」と呼ばれる金属製の筒を使用して瘤を血栓化させる方法もあり、径が5ミリ以上ある前中大脳動脈の近位部から、椎骨脳底動脈といった末梢血管まで適応できます。しかし2〜3%の脳出血、5%の血栓症や遅発性破裂といった合併症のリスクがあるので、従来の治療よりも良好な回復が見込まれる場合に選択します。
最近は、従来使用されてきたステントに比べ金属量が非常に少ない「パルスライダー」というステントの類似品や、「WEB」と呼ばれる細い金属を編みこんだ球状・袋状のデバイスが日本でも試行されています。
4.硬膜血管塞栓術
硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)は、脳を包む「硬膜」の下に血液が溜まってしまうもので、外傷を機に発症することが多くなっています。麻痺などの症状が現れるときは、頭蓋に小さな穴を開ける「穿頭術(せんとうじゅつ)」で血液を排除します。一方、再発の多い難治例や抗血栓薬を必要とするケースでは、異常血管の中に「エンボスフィア」という物質やコイルを詰めて閉塞させる「硬膜血管塞栓術」を行います。 液体の「NBCA」を用いれば細いカテーテルを使用でき、末梢にも浸透させやすくなりますが、正常構造への迷入に注意が必要です。その結果、血腫は数カ月で吸収され、再発はほぼ認められない状態になります。
5.脳動静脈奇形や硬膜動静脈瘻の治療
「脳動静脈奇形(のうどうじょうみゃくきけい)」は、動脈と静脈が毛細血管を介さずにつながってしまい、その部分がとぐろを巻いたような状態になっている血管奇形です。これにより痙攣や出血を発症し、不完全塞栓では再発が多いです。以前は摘出術や放射線治療を行い、血管内治療はアシスト的な存在でしたが、現在は塞栓物質「オニキス」の進歩により、血管内治療単独での治癒率が向上しています。 「硬膜動静脈瘻(こうまくどうじょうみゃくろう)」は、外傷や静脈閉塞などが原因と考えられている、後天的な動静脈の短絡です。心臓と同じリズムで拍動する耳鳴り、眼球結膜充血や突出、出血、痙攣など、症状はさまざま。動脈塞栓では6割ほどの治癒率ですが、静脈塞栓は8割以上の治癒が見込めます。また「オニキス」が適応になり、バルーンで押さえながら周囲の異常血管を閉塞するなど、動脈塞栓術も治癒率が上がっています。
小さななことでも相談してください
脳卒中は早期の治療が大切なので、日頃の検診も重要です。当院の脳卒中センターでは、健康寿命を延ばせるよう懸命に努力しておりますので、小さなことでもご相談いただければ幸いです。