今後の医療・介護事業を見据えて、より必要とされる存在に。~至仁会・吉川理事長インタビュー ~
新年号では、社会医療法人至仁会の理事長である吉川哲夫先生。長年、総合診療医として多忙な日々を送られてきた吉川先生ですが、現在は至仁会のリーダーとしてもご活躍です。今回は、その至仁会に関するお話を中心に伺いました。

「至仁会(しじんかい)」の成り立ちは?
―まずお聞きしたいのは、なぜ法人名を「至仁会」とされたのでしょうか?
法人名に「仁」という文字を入れたいという思いがありました。私は「仁会(じんかい)」という言葉の響きを聞いて、「詩人会(しじんかい)」という言葉がぱっと頭に思い浮かびました。時には短い言葉で人の心を癒す「詩」と、人を痛みなどから解放する「医療」には、個人的に多くの共通点も見いだせたので、「詩」を「至」、「人」を「仁」に置き換えて「至仁会」としました。
―掛詞(かけことば)的な発想から生まれた名称だったのですね。またどのような経緯で「至仁会」を立ち上げられたのでしょうか?
私は東京大学の医学部卒業後、まず東京都港区にある虎ノ門病院、次に新宿区にある東京女子医科大学病院などに在籍して医療に関わってきたのですが、非常勤医師として所沢市の狭山ヶ丘城西病院で診療していた時期もありました。
その狭山ヶ丘城西病院は、残念ながら経営がうまく行かず閉院することになりました。そして1985(昭和60)年5月に私がその後を受け継ぎ「吉川病院」として生まれ変わりました。その十数年後の1998(平成10)年に法人化し、「医療法人至仁会」と名付けました。

地域医療への貢献を目指して
―今から20年以上前に至仁会が立ち上がったのですね。
そういうことになります。そして吉川病院の頃から、地元で信頼される病院になること、地域医療に貢献することを目指してやってきました。

所沢市には、国立病院機構西埼玉中央病院や防衛医科大学校病院など規模の大きな病院から、町の小さなクリニックまで多数あります。そのなかで、さらに求められている医療は何であるのかを追求し、脳神経外科を中心とした急性期疾患の対応、回復期のリハビリテーション、人工透析にできるだけ特化していこうと決めました。
その結果、所沢・入間・狭山エリアの中核病院および救急病院として、地域医療や健康管理に関わって来られたのだと思います。
そして吉川病院は、2009(平成21)年4月に「圏央所沢病院」として再スタートしました。2012(平成24)年4月には、これまで当院がおこなってきた医療、なかでも救急医療に対する姿勢や実績が評価されて、社会医療法人の認定を受けました。

現在では圏央所沢病院のほか、「介護老人保健施設 遊」や、元吉川病院のあった場所に「よしかわクリニック」「よしかわ通所リハビリテーション 道」、所沢市の東側エリアに「みどりクリニック」「通所リハビリテーション 緑」、5カ所の「フィットリハ 陽」など、さまざまな関連施設を展開しています。
高齢化社会における医療・生活習慣病への対応
―吉川病院から圏央所沢病院になってからも、医療の柱は変わらないのでしょうか?
そうですね。引き続き、消防署の救急隊や同エリアの医療機関と連携していきながら、さらに進化していきたいと考えています。
当面、圏央所沢病院では
- 脳卒中・頭部外傷の治療
- 人工透析医療
- カテーテル治療などの循環器内科
- 生活習慣病中心の一般内科
- 整形外科
- 長急性期から回復期までのリハビリテーション
に力を入れて、地域医療に携わっていきます。
私は2025~2030年あたりが、心疾患・脳血管疾患に対応できる循環器内科・脳神経外科を備えた病院や、介護老人保健施設や、リハビリテーション施設を、最も求められる期間になるのではないかと思っています。

また日本の高齢者人口(65歳以上の人口)は2042年あたりにピークを迎えると予測されており、加齢によって発症率が増加する「がん・心臓病・糖尿病」などに代表される生活習慣病に対応すべきだと考えます。
進化系「癒しの心を持つ病院・介護施設」
―なるほど。それでは、「至仁会」の今後についてお聞かせください。
さまざまな人とのつながりがあって、至仁会は大きくなってきました。今後もそれを大切にしていきたい、強化していきたいと思います。もう少し具体的に言うと、より幅広いエリアから医療関係者や介護職員を募り、その人材教育にも力を入れていきます。
さらに「介護職員不足」という問題は、当会に限ったものではありません。そこで至仁会は、日本で介護職を志望する外国人のために、まずはベトナムと日本に、介護や日本語を学べる学校を設立しました。そして卒業生が活躍できるように、地域の介護事業所とのマッチングも実施していく予定です。

また今後は、医療現場や介護系施設も、新型コロナウイルスの影響により変わらざるを得ない部分もあるでしょう。これまでのやり方にとらわれ過ぎず、前向きに取り組みます。その一方、「癒しの心を持つ病院・介護施設」を目指すことに変わりありません。今後もどうぞよろしくお願いいたします。
―本日はいろいろお話いただきありがとうございました。
2020年12月、圏央所沢病院にて。