至仁会の組織力で地域の介護福祉に貢献!
社会医療法人至仁会は、さまざまな形で介護やリハビリのサービスを提供しています。そこで今回は、介護事業部の杉浦部長にお話いただきました。事業紹介のほか、理学療法士というお仕事や最近叶った夢についても伺えました!
グループ内の介護事業をつなぐ
―至仁会の介護事業部では何をされていますか?
圏央所沢病院は24時間救急患者にも対応できる急性期病院です。適切な治療を行っても、脳卒中や骨折などの後遺症が残ってしまう方がいます。そのような方々の退院後のケアやリハビリを継続的に行うという目的から、介護事業部はスタートしています。
この至仁会通信でも、介護老人保健施設「遊(ゆう)」のほか、通所リハビリテーション「道」「緑」、「フィットリハ陽」、居宅介護支援サービスなどが紹介されていますよね。介護事業部は、病院や施設の責任者・所長などが兼任している部門になり、私はそのまとめ役です。
―そうなんですね。それはいつ頃から始まったのですか?
至仁会が本格的に介護事業を始めたのは、2010(平成22)年12月に開設した「道」からです。その約1年半後に「遊」、さらに1年後に「フィットリハ陽(豊岡)」と施設が増えていったので、10年くらい前からということになります。
現在、至仁会グループの介護系職員は250名ほど、リハビリ系職員は160名ほどになり、所沢近辺では最大級の規模です。組織が大きくなると、スタッフは普段働いている施設だけに視点がいき、横のつながりが希薄になります。そこで自分のような存在が必要とされるのではないかと考えています。
理学療法士という仕事について
―なるほど。杉浦さんご自身は、いつから至仁会と関わりがあるのでしょうか?
2002(平成14)年からです。「道」が開設される前の吉川病院の頃に、院内の理学療法士(リハビリ担当者)として職員になりました。「道」の立ち上げには関わったのですが、そこでは仕事をせず圏央所沢病院に異動しました。
―ところで、杉浦さんはなぜ理学療法士になられたのでしょうか?
私は4人兄弟姉妹の末っ子なんです。ちなみに兄・姉は薬剤師・看護師・ケアマネージャーで、みんな医療介護系の仕事をしています。そして私も歯科技工士または臨床検査技師を目指そうとしたのですが、上から3番目の姉に「理学療法士にしたら」と言われたので、そうしました(笑)
資格取得後、最初の5年間は実家がある東京都調布市にいて、町田市にあるリハビリで有名な病院で働きました。ふと転職を考えていたときに、吉川病院の「理学療法士募集」の広告を見て応募し、採用されました。その後、至仁会から出ることなく今に至ります。
―お姉さんの見立て通り、理学療法士が向いていたということですね(笑)仕事のやりがいはどんなところでしょうか?
リハビリを受ける患者・利用者さんと一緒に喜びあえることです。長い時間一緒にいるので、感情移入しやすいのかもしれません。またリハビリによって歩けるようになるなど、成果がでたときは感謝の言葉をいただけるので、それは仕事のやりがいにつながります。
―逆に大変なことは?
患者・利用者さんが懸命にリハビリをしても成果がでないときは、自分のふがいなさを感じます。またリハビリは長く続けていただくケースがほとんどなので、やる気をアップしてもらえるようなコミュニケーションも大切にしています。
「三方よし」の社会医療法人に
―なるほど。最近うれしかったことはありますか?
実は、子どもの頃から「犬を飼うこと」が夢だったんです。実家にいたときも、結婚して家庭を持った後もしばし実現できなかったのですが、現在「遊」にいるセラピー犬「ライク」の里親を頼まれたことがきっかけで、ひとつ夢が叶いました!
ーそれはラッキーでしたね!それでは最後に、介護事業部の今後について一言お願いします。
「いい病院だ」「いい施設だ」という評価はとても嬉しいのですが、至仁会グループとしてのブランド力をより高めていければと思っています。近江商人の心得として知られる「三方よし」という言葉がありますよね。それにちなんで「働く側に良し、ご利用者様に良し、世間に良し」という状況、つまり働きやすい組織、ベストなサービスを提供、地域にも貢献という状態を目指したいです。
―よくわかりました。いろいろお話いただき、ありがとうございました。
2021年6月「介護老人保健施設 遊」にて。