好奇心をもって、新しいことにチャレンジ~ 介護老人保健施設 遊・伊関施設長インタビュー ~

介護老人保健施設




2019年4月に『介護老人保健施設 遊(ゆう)』の施設長に就任された伊関洋(いせき・ひろし)先生。


外科医・医学博士として、臨床や最先端の医療機器の研究・開発に尽力されました。


現職に就かれて約1年半、今はどのようなことに取り組まれているのでしょうか?





「遊」を日本一の施設にしたい



―どのような経緯で施設長に就任されたのでしょうか?




至仁会の吉川哲夫理事長は東京大学医学部の同級生で、一緒に試験勉強もするような気の合う友人でした。



1974(昭和49)年に卒業し、私は東京女子医科大学の脳神経センター脳神経外科に入局して、脳外科の現場でがむしゃらに仕事をしてきました。


その後、さまざまな病院や大学院で経験を積み、「よしかわクリニック」の前身にあたる病院で外来を担当していた時期もあります。


2019年3月に早稲田大学理工学術院を定年退職した後、同年4月に介護老人保健施設 遊(以下「遊」)の施設長となりました。




若かりし日の二人。伊関先生(中央)、吉川理事長(左)




―「遊」でのお仕事はいかがでしょうか?



現在は約80名の入所者の健康管理が主な仕事で、診断機器は血圧計・体温計・聴診器など基礎的なものです。


「いかに少ない情報から真実にたどりつくか」という、脳外科医時代のトレーニングが今も役に立っています。


また今は、過去のしがらみに囚われることなく、新たなことにチャレンジできる環境にいます。


赴任時の朝礼で「5年後には日本一の施設に」と挨拶しました。


意図するところは、利用者さんに求められる施設というだけではなく、看護や介護のスタッフなど当施設で働く方も含めて“すべての人がいつも笑顔でいられる場所にしたい”ということです。



そのために、具体的には、



・ルーティンワークの見直し/無駄な仕事を削減
・職域の撤廃と職種間を越えた連携
・IT(情報技術)導入による仕事の効率化/情報の共有と可視化/ペーパーレス化



などを進めているのですが、まだ道半ばの状態ですね。




目的に向かって突き進む



―先生個人のことについても教えてください。


1948(昭和23)年5月7日、北海道生まれ(干支:子年/星座:牡牛座)です。


高校を卒業する18歳まで函館で育ちました。朝から新鮮なイカの刺身が食べられるような環境で育ったので、魚介類は好物です。


戦後、高校教師をつとめていた父の影響もあり医者になりました。


自分には工学の勉強をして、もの作りに携わってみたいという気持ちもありました。それもあって、医学の道に進んだ後も、脳外科で使用する医療機器の研究や開発に没頭したのでしょう。


自分が脳外科医になった頃の手術は、経験値が何よりものをいう世界だったのです。だから手術現場に立ち合い、経験を積むのに必死でした。


ところが、現在進行形で進化しつづけているITを導入すると、手術の現場にいなくても患者さんの脳内部の様子を視覚的に習得しやすくなりました。


また「オープンMRI」を術中に導入することによって、悪性脳腫瘍の摘出率が飛躍的にアップしたのです。つまり、術後の患者さんの生存率が上がったということです。





適応していくことも大切

―なるほど。常に脳外科の最先端で活躍されてきたのですね。


医療機器以外でも、私はものを作ることが大好きなので、最近は「皮財布作り」にはまっています。構造を調べて形にするのが楽しいのです。


伊関先生てづくりの皮財布




「遊」での仕事にもアプリ(ソフトウェア)やタブレットなどを持ち込んで、当初は時間的に厳しかった仕事をこなせるようになり、余裕がでてきましたよ。



ダーウィンの「強いものが生き残るわけではなく、賢いものが生き残るのでもない。変化できるものだけが生き残るのだ。」という言葉をいつも噛みしめています。


古いやり方にしがみついていてはダメだし、仕事も楽しい方がいいですよね。



タブレット端末を使いこなす先生!











―そうですね。では最後に読者のみなさまへ、ひとことお願いします。


現在は看護師さんと一緒に日々回診しながら、入所者さんの表情や状況を把握して、みなさんの健康状態を管理しています。


そして、人の事だけでなく、自らも健康でありたいと強く思うようになりました。やはり健康第一です。










―いろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました!



2020年10月@老人介護保健施設 遊にて。